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『画家』と『建築家』の狭間で
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事務所のブログ「松戸市の設計事務所」
※一部のトラックバックは保留し、確認後公開されます。
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「SEKISINN展」

2011/04/11 11:19
先日行われた「SEKISINN展」の作品写真が中美展のホームページに掲載されました。
http://www.chubi.org/html/grpt_sekisin2.html

今週の水曜日から新松戸のギャラーウィンズで千葉中美の小品展が開催されます。
F8号2点を出品します。
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「SEKISIN展」に出品しました。

2011/03/15 19:28
昨日から銀座の画廊で「SEKISINN展」が始まりました。

地球堂ギャラリー  
東京都中央区銀座8-8-6 銀栄ビル2F
TEL 03-3572-4811

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金箔貼り終了

2010/11/15 15:50
全面に金箔を貼り終えました。
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このあとに卵黄メデュームのテンペラで石膏地に彩色していきます。
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領域の問題と共存関係

2010/11/03 11:38
自分の絵画の発想は「領域の問題」をテーマにしている。
以前から囲碁の世界の陣取りって、領域の問題につながるのではと思っていた。
私は囲碁の世界がわからないので、最近ネットで囲碁初心者のサイトで遊んでいたら、こんな作品に出会った。
「三五目三五路の盤上布石絵画第一番」
白も黒もどちらも手が出せない、全ての石がセキで生きていて共存関係、均衡状態が表現されている。
すごいですね!私の絵画を発展させるひとつのヒントがあるのではと感じている。
作家の中ザワヒデキさんの作品も興味を持ってこれから観ていきたいと思う。
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気持ちを新たに

2010/10/11 09:26
第62回中美展会場にて
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今年は東京都美術館が改装のため上野の森美術館で開催されました。
会場が狭いので今年は30号までのサイズです。
今回会員に推挙され、気持ちを新たに作品の制作に励みたいと思いました。
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金箔を貼りました。

2010/10/08 20:59
黄金背景テンペラの制作途中の作品です。
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平らに研磨した石膏地に箔下とのこが塗ってあります。
茶色く見える部分が箔下とのこで金箔の下地になります。
その箔下とのこに、筆で水をひたしその上に水の表面張力で金箔を置きます。
その後、水が乾く直前にメノウ棒で丁寧に磨いていきます。そのタイミングが難しい!
上の半分が磨き終わった部分です。
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第62回中美展が始まります。

2010/10/06 19:35
第62回中美展が10月8日から始まります。
今年は東京都美術館が改装のため上野の森美術館になります。
大きい作品が出せないのでF30号の作品を出品しました。
今回、会員に推挙されました!
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歩車分離方式の交差点

2010/10/02 08:52
新松戸ダイエー前の交差点です。
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数ヶ月前に「歩車分離方式」になりました。
車はそれぞれX方向、Y方向と渡ってから、歩行者が横断できます。
しかし歩行者は斜めに渡ってはいけないらしく「斜めに渡らないでください」の看板があります。
いわゆる「スクランブル交差点」ではないのです。
対角線状の位地に行くには、三角形の2辺を行く形でないと駄目!と言うことです。
お年寄りや体の不自由な方は渡り切れません。
何で「スクランブル」にしないのか、不思議です???
そんなわけで私も含めて、斜め横断は当たり前になってますよ〜。
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ツイッターのブログ

2010/09/30 22:36
ツイッターを今年の5月からはじめたが、それをまとめて見られるツイッターのブログ(Twilog)をはじめました。
こちらもよろしく。

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新制作展T氏作品

2010/09/23 23:51
新国立美術館で行われている「新制作展」に行ってきた。
画友のT氏の作品の前で。

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日本の都市・建築デザインと文化

2008/12/17 12:22
 現代日本のほとんどの都市空間は混乱しているように思われる。街を眺めると様々な建築デザインが氾濫し、野放しのポスターや看板が我が物顔にはびこっている。かつて日本の都市や街・村には、ひとつの秩序を持って美しい景観や、心地よい空間が存在していたと思われる。いつの頃から無秩序な混沌とした都市空間になってしまったのだろうか。
 戦後の日本の経済は高度成長の時代を向えた。その頃から日本の都市の機能が急変したと思われる。その点に注目し、その時代の日本の都市・建築デザインを概観することを通し、その根底に流れている日本の風土・文化を考察したいと思う。そこから今日の都市・建築デザインの問題点を把握できるのではないだろうか。

 1960年代の日本は高度経済成長の真っただ中にあり、建築界ではメタボリズムの理論がもてはやされた。当時この理論は世界的に注目され、その理論の実践がなされた。
 メタボリズムとは生物学用語の新陳代謝を意味する英語に由来している。1960年に東京で「世界デザイン会議」が開催されたのを契機に、評論家の川添登を中心に、黒川紀章、菊竹清訓、大高正人、槙文彦らが集まり、メタボリズムグループを結成した。同年刊行した「メタボリズム1960」には「来るべき社会の姿を具体的に提案」し、「歴史の新陳代謝を自然に受け入れるのではなく、積極的に促進させようとする」グループの理念が宣言されている。その後、各建築家が計画する建築の中にその理念は具現化されていった。建築の全体を、階段や廊下などの骨格部分と設備や各部屋の可変部分とに分け、古くなった可変部分を取り替えることで建築の新陳代謝を図ろうとしたことに特徴がある。
 なぜ、日本にメタボリズム理念が起こったのであろうか。何か特別な背景があるのではないだろうか。日本の急激な経済成長は世界的にみても特異であった。高度経済成長の時代にあって、建築工事も増大化した。そして、それらの建築物は産業活動の変化に順応し、都市構造やあらゆるシステムの変化に対応する必要性に追われた。その結果としてメタボリズムの理念が生まれたのではないかと思われる。しかし、そのことばかりでなく、日本の文化的土壌にも、もう一つの要因があるように思われる。

 西洋の建築は石造りが主流であった。教会建築などは日本の建築とは比較にならない年月をかけ建造されている。西洋の人々の精神には、都市や建築は恒久的に存在するものという観念があり、石の文化ともいうべきものが形成された。
 日本の伝統的建築は木造である。そのことは日本人の都市や建築に対する考えを、西洋のそれとは違った方向に向かわせたのではないかと思われる。日本人の都市や建築に対する観念には恒久的に存在するという考え方は希薄である。たとえば、武家社会以前では政治の中心である都はたびたび遷都され一新された。武家社会になってからは京都が都として存続する訳であるが、政治の中心は鎌倉、室町、江戸と変遷している。現代においても遷都論が浮上している。
 また、伊勢神宮に代表される式年遷宮も興味ある伝統である。これは二十年ごとに御正殿をはじめとするすべての社殿を隣の同じ広さの宮地に建て直し、神々が移るのである。
 今からおよそ1300年前に天武天皇によって定められたこの制度は、なぜ二十年に一度なのかの説は様々ある。当時の人の寿命から技術や信仰を伝承するにも二十年というのは精いっぱいの年限だったことや、稲の最長貯蔵年限が二十年ぐらいだとする説など諸説がある。いずれにしても、それぞれの時代に生きる人々の節目の二十年ごとに式年遷宮はやってくる。消滅することで技術や信仰を永遠のものとしたのである。
 遷都と遷宮の例を挙げた。これらは自然の素材を利用することで一つの秩序が形成された時代であったのだ。また、これらの伝統は日本の自然や風土、そして宗教観、神道など様々な要因からもたらされたものと思われる。日本人の自然観と神道は深い関係にある。
日本の川は西洋の川と比較すると細く急流である。川はよどむことなく大地を浄化するのである。日本人は自然と共生し、その浄化力に期待していたのではないだろうか。神道においても浄化(清め)の精神がある。遷都や遷宮はその浄化する精神の具現化されたものではないだろうか。

次に、これらの伝統は先に記したメタボリズムとどのように関係するのか、私観を記したい。
メタボリズム(新陳代謝)は、新しいものが古い物に取って代わることであり、簡単に言えば、何を入れて何を出したかということである。このことは自然界の循環機能や浄化作用と非常に近い関係があるように思われる。
日本の文化は自然との共生の上に成り立っていた。そうした風土、文化的土壌があることによって、はじめてメタボリズムの理念が生まれたのではないだろうか。
そして、メタボリズムの創設メンバーによって様々なプロジェクトが提案され、また実現された。しかし、その運動は急激に終息してしまう。それは、新陳代謝がうまく機能しなかったのではないかと考えられる。いわゆる使い捨ての理論となってしまったのである。
黒川紀章は後に、「メタボリズムは消費の建築ではない。リサイクルの発想の先取りであった。」と語っている。
しかし、当時は公害問題が発生し、資源の有効利用、環境保護等の考えからメタボリズムの理念を論じることすら批判される社会的状況であったように思われる。

日本の風土や文化的土壌は数々のすぐれた芸術や美術を生み出した。今、日本の都市空間を見るとき、確かに個々の建築物はデザイン的に優れているものも存在する。しかし、それらの建築は飛び抜けて自己主張するか、その他の建築に埋没させられているように感じられてしまう。このことは日本人の都市や建築に対する意識が、西洋のそれとは根本的に違っていることからくるのではないか。先に見たように、日本人の精神には都市や建築はいつか消滅し浄化されるという意識が潜在的にあるのではないだろうか。
現代社会において人類の破壊的行為や巨大な生産力は今まで実感し得なかった状況をもたらし、自然の新陳代謝は危機に直面している。
メタボリズム以降は世界的にポストモダンの建築が流行した。日本ではバブル経済と相まって、あらゆる過去の建築様式の模倣が繰り返され、張りぼて式の建築が氾濫した。これらの建築は果たして何年存在するのであろう。バブル経済の時に何百年と耐えうる社会的財産の充実がなされなかったことは非常に残念なことだと思う。これも、日本人の都市や建築の恒久性に対する意識が欠如していた為ではないだろうか。
自然の浄化力に多くを頼ることは、もはや拒否されているのである。そのことを現代日本人は強く意識することが、今後の都市・建築デザインに必要なことなのではないだろうか。それは、一建築家にまかせるのではなく、日本人全体の都市・建築への意識を深めることである。日本人の美意識は世界的に認められており、個々の美意識を社会的にどのように参加させるかが、今、問われているのではないだろうか。

ar-session
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西洋と日本の建築デザイン

2008/02/27 15:24
学生の時初めてヨーロッパに旅行した。その時の思い出で一番印象に残ったのが、パリのノートルダム大聖堂であった。
その聖堂の前に立ったとき、石造りで重厚感があり荘厳にそびえたつ姿に圧倒されたものである。その姿はまさに石の塊でありながら、天にも昇るかと思える構造を現していた。
またその内部は外観ではほとんど意識されなかったステンドガラスのバラ窓が、緊張する闇の中ですばらしい輝きを放っていたのである。
宗教建築ということからその国、地域の人々にとって、威厳のある建築を求められたのであろう。我々日本人はその見慣れない建築物にその地域の人々以上の驚きを覚えるのかもしれない。
なぜなら日本の伝統的な建築は、ヨーロッパのそれとは全く異質な木造であるからだ。
ヨーロッパの建築と日本の建築を比較することで各々のデザイン文化を考えて見たいと思う。

ヨーロッパの建築は石造である。石造はひとつずつ石を積み上げていく工法である。まず壁を立ち上げるのである。
そして壁で囲まれたひとつの明確な領域、閉鎖的な空間を形成することにより、最終的に屋根を支える構造となる。それゆえに開口部はあたかも壁をくりぬいた様に開けられ、私が聖堂で感じた闇と光の強烈なコンストラストは、そのことによるのではないかと思われる。

それに対して日本の建築は木造である。最初に一本の柱を建てることにより、その建築は構築される。柱と梁とで屋根を支える構造になっている。
そのため大きな開口部を取ることができる。それによって外部と内部は空間的、視覚的にもつながり、光も柔らかく内部を照らすのである。
一本の柱から構築された空間は、あたかも碁盤にひとつの石を置いた姿に似ているように思われる。
碁石の周りに、ある種の領域が生じるのである。その領域は西洋の明確な領域とは異質のものであり、それはあいまいな空間を形成しているように思われる。日本建築の工法的な特徴はそのあいまいな空間を生み出し、デザイン的には軒からの大きな庇や縁側を表出した。それは内と外への連続性、開放性をもたらすことになった。

このようなデザインは都市にも現れている。西洋は建築で囲まれた広場を中心に都市が形成されている。都市はひとつのかたまりなのである。それに対して日本の都市は連続性のある道のネットワークによって都市が広がっている様に思われる。

絵画においてもこの文化的風土による違いがある。画家の中川一政は次のような事を述べている。

西洋にデッサンと云う事あり。東洋に運筆と云う事あり。
これを学画法の根底とす。(中略)
西洋は知識的、東洋は体験的に画を学ぶ。
一方は外よりして内に及び、一方は内よりして外に向かわんとす。(中略)
物の理解はデッサンを生み、心境の確立は運筆を生む。
これを大きく云えば西洋対東洋也 
(「美術の眺め」講談社文芸文庫「南画論5」より)

西洋の絵画は内に向かい、日本の絵画は外に向かった。日本人の芸術の感性が建築デザインにも何らかの影響をもたらしたのかもしれない。デザインも芸術と関係するところは大きい。それは一言でいえば、デザインも感性にかかわるということであろう。
工法や感性の相違から、西洋建築は明確な領域を形成し内に向かい、日本の建築はあいまいな空間を形成しつつ外に向かったのではないだろうか。 
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近隣説明会開催

2008/02/22 18:37
一週間前に、近隣説明会を開催して欲しいと、北側のお宅から申し出があった。
主催者をどうするか、案内はどこまでしなければいけないのか、事前に市役所に相談しておいた。当方としては、近隣130軒に資料を配布しているし、再度説明会の案内を配布するのも大変だ。市の話では、近隣説明会の開催を希望したお宅からも既に連絡がきており、その様子を伺う事が出来た。
先ず、開催者は近隣住民有志という事で、開催の案内は代表の方に声をかけていただければよいでしょうとの事だった。その件をあらかじめ代表の方に報告すると、それで良いという事であった。そして今日の開催となった次第だ。
7軒のお宅が、会場である地元のセンターに来られた。はじめに、代表の方の挨拶、次に当方の挨拶、工務店の紹介、近隣の方々の紹介と進んだ。
私から、建築計画の説明をさせていただき、次に日影についての説明をさせてもらった。
9年前に確認が取れている物件なので、その設計より近隣に対しては多少ではあるがよくなっている事を説明させていただいた。おおむね了解していただいたようだ。あとは駐車、駐輪、ゴミの件の管理上の話なので、管理会社に伝えるという事にした。
次に、工務店から仮設計画等の説明をしてもらった。そちらも了解していただいた。
比較的、友好的に話が進みわだかまりが残らない説明会になって嬉しく思う。あとは、近隣の方々とお約束した、施工中の安全対策、管理運営上の事などがきちっと守られるように切に望むばかりである。
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技法研究会

2008/02/17 21:05
千葉中美の技法研究会に行ってきた。
絵の具の勉強会ということなので楽しみにしていた。絵の具メーカーのクサカベの方が来て、
一年位前に発売されたアキーラという絵の具の解説が中心であった。

アキーラは水性アルキド樹脂でアクリル樹脂と油の両方の性質を持っている絵の具である。
下記の特徴がある。
1、体質顔料を使っていないので、ピュアな発色が得られる。
2、すばやく乾いて、じっくり固まる。固まるまでに水に濡らすと溶ける(再溶解性)があるので、アクリル絵の具の様に焦って描く必要がない。
3、ガラスや金属にも描ける優れた固着力がある。
4、油性の絵の具にも塗り重ねができる。テンペラの混合技法のようにも使える。

これらの特徴は私にとって、とても都合の良いものかも知れない。油彩画とテンペラ画を描いているが、最近はテンペラと同じように水に溶けるアクリル絵の具にも興味を持っていた。
しかし、どうもアクリルは早く乾いてしまい、何か体質的にあわないような気もしていた。
また、油彩と比べてアクリルの軽さが気になっていた。重厚感が欲しい場合、アキーラで描いた上に油で描ける点も重宝だと思う。また、その逆も可能なので、試して見たい絵の具だ。

質問の時間では、かねてから疑問に思っていたことを聞いてみた。
アクリル絵の具と、ホームセンターに置いてあるアクリルのペンキとの根本的な違いだ。
当然、色の種類や、粘性などは明らかに違うわけだが、もし気に入った色がペンキに有れば、また粘性が作品を制作する時の感性と相性が合えば使いたいとも思っていた。
絵の具メーカーとしてはあまり答えたくないようであった。はっきりした答えが得られないまま終わってしまったが、どうも基本的には違いはないように思われる。
大作を制作するときはペンキも便利だと思うし、値段が安いのが魅力だと思う。
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ぼちぼち画家モードへ

2008/02/16 20:00
流山生涯学習センターで行なわれている流山美術家協会歴代事務局長作品展を観て来た。歴代の事務局長、副事務局長の方々6人による作品展。さすがに大作が多く圧倒された。前事務局長のM氏が受付におられていてお話する事が出来た。
私が最近、忙しくて絵を描いていない事を話すと、ご自分の体験談を話してくれた。M氏も忙しくて描けないときに、先生から言われたそうである。「忙しい時ほど集中して、良い絵が描けるものだよ」と。
そろそろ筆を取らなくてはと焦り気味だが、今日のM氏のお話を肝に銘じてたいと思う。
最近は多少、画友とも絵を観に行く機会も増えたし、明日は千葉中美での技法研究会にも参加できそうだ。今は、仕事が大事であるが、たまには画家モードに切り替えられるようにウォーミングアップをしていると言うことだろうか・・・
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木造3階の確認

2008/02/15 20:16
1月31日に提出した木造3階建の確認申請だが、2週間がすぎたが未だに検査機関からは何もな言って来ない。
あらかじめ、時間はかかると言われているので、あまり催促の電話をするのも気が引ける。早く図面も整備したいし、どうし様かと迷っている。
ある、検査機関では3週間以内には指摘事項をFAXするとの事だった。来週はじめにでも進捗状況程度は聞いてみようかなと思っている。
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近隣説明3

2008/02/14 22:33
今日、近隣説明をしなければならない地域への資料配布配を、取りあえず完了した。
ほとんどのお宅は問題はないでしょう、と言う事で了解を得られた。不在のお宅には資料を投函してきたので、二、三日ようすを見ることにする。
昨日私が留守の時、北側のお宅から、近隣説明会をして欲しいとの電話があった。じかにお会いして説明したお宅だ。その時には特に何か言われたわけではなかったのだが、ご近所と相談した結果らしい。
この場合、主催者は誰になるのだろうか?電話では、近くの会館を借りる都合があるので予定を教えて下さいとの事だった。お任せして良いものなのだろうかと悩むところでもある。
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近隣説明2

2008/02/11 17:24
昨日に引き続き、計画中の賃貸マンションの近隣説明をした。55軒訪問して、在宅がたったの5軒。そのうち、きちっと説明できたのは3軒のみ。2軒は資料をポストに入れておいてと言われた。
不在の50軒は本当に全ていなかったのだろうか?駅に近いので、単身者向けの賃貸が多い。表札も出ていないお宅がほとんどで、在宅していても?インターホンにも出ないという感じである。
何か、不気味な感じでもあるし、これが今の時代の現実なのかなと認識させられた。
来週は不在だったお宅、合計80軒に再度訪問して、資料を渡さなくてはならない。
今度は、不在でも資料は投函させてもらって、何かあれば連絡していただくということにする。

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近隣説明

2008/02/10 19:39
今日は、今計画している5階建ての賃貸マンションの近隣説明を午後から行なった。
先ずは、一番日影になる北側のお宅に伺う。待ってましたとばかりに御夫婦からの質問攻め。参ったなと思いつつ丁寧に説明させてもらった。
実はこの物件は、9年前に他の設計事務所が設計して、確認申請も取れていたのだがいろんな事情で頓挫していたのだ。
今回、私に設計依頼が来た時は正直、参ったなと思った。それは、道路斜線や日影等の規制に対してぎりぎりな設計であり、全然余裕がなかったのである。
そんな事情のなか、何とか建築主を説得して当時の設計より日影の影響を少なくした。そんな設計の事情も御夫婦に話せたので少しは納得していただいたようだ。
それ以降は、夕方まで4時間かけて約30世帯をまわった。そのうち10世帯に資料を渡し説明させていただいた。不在の20世帯は後日、おうかがいする旨の案内を投函してきた。
なるべく多くの近隣に説明したかったにので日曜日にしたのだが、不在の世帯が多いのには驚いた。
今日、北側の地域はほぼ回ったので明日は南側の地域を回る。南側なので気は楽だが賃貸マンションが多いので世帯数がばかにならない。体力勝負か・・・。
明日も祭日なので、同じような傾向かも知れない。資料を渡せなかったところは、平日に訪ねてみようと思っている。
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小杉小二郎展2

2008/02/09 19:25
小杉小二郎展は四つの作品群によって構成されている。それぞれ「油彩、岩彩画」「聖書物語」「コラージュ」「オブジェ」のコーナーである。
油彩、岩彩画以外は比較的小さな作品である。油彩、岩彩画に感銘を受けた私であるが、「コラージュ」も良かったと思う。小さくとも会場ではある種の輝きを放っていた。好きな作品群である。
しかしわからないのが、「聖書物語」のシリーズと「オブジェ」のシリーズである。同じ作者なのだろうかと感じてしまうほど異質な作品であった。特に聖書物語のシリーズは全体的に軽さを感じてしまう。それは画材の扱いによるものなのかも知れない。
石膏地に金箔を張る金地背景テンペラで制作している私にとって、「聖書物語」のシリーズの背景の金地(金の布の様なテクスチャー?)には深みが感じられない。感銘した油彩、岩彩画とのギャップがありすぎて理解に苦しむところでもあった。
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小杉小二郎展

2008/02/07 22:03
新宿の損保ジャパンでやっている「小杉小二郎展」を観て来た。
大学時代からの画友であるK氏を誘ってである。彼とは一緒に良く展覧会を観に行くのだが、今年になってからは始めてである。私が最近忙しくしているので、彼も遠慮しているようである。今日時間が取れそうなので、急遽昨日の夕方彼に電話をしてお誘いした次第だ。急にも係わらず良く快諾してくれたと思うと嬉しくなる。
さて、「小杉小二郎展」だが、かなり良かった。K氏も彼の画風スタイルとは全く違う作品であるにも係わらず気に入ったようだ。
代表作、損保ジャパン美術館大賞の「月・追憶」をはじめとする油彩、岩彩画が良かった。動きが止まったような、聖的(サンクチュアリー)な空間を感じる。人間をも物質化したような表現。ものを単純化しているところなどは、工業デザイン科を卒業されているところによるのだろうか。
私は遠近法と逆遠近法が混在する絵をしばしば描くことがある。そして、その絵をおかしいと、批判する人がいる。「月・追憶」はまさに遠近法と逆遠近法が混在している絵である。私の絵のテーマである「領域の問題」とも通じるところが有りそうだ。大変参考になった。私が求めている世界との共通点を発見して、自分の絵画の方向性に少し自信が持てた一日となった。
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確認、見るまでに2ヶ月

2008/02/06 14:15
昨日、今計画しているマンションの「公開板設置報告書」を役所に提出して来た。
ついでに、確認の状況を聞いた。その役所は本申請の前に事前預かりをしてくれるという事で、ラッキーと思うのも束の間。なんと書類を見るまでに2ヶ月はかかるとの事!それじゃ、どこかの民間と同じではないか。最近は、役所の方が早いとも聞いていたのだが・・・
そこは構造担当が二人しかいないという、実質一人だとも・・・
いつも出している民間の検査機関では、今回の物件はRC5階建なので、預かるかどうかは預かってから内部で検討するとの事、「預かりのための預かり」なのだという。一体全体こんなことがいつまで続くのだろうか・・・
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門前払い、その後

2008/01/31 18:50
一昨日、門前払いになった確認申請を朝一に、審査機関に持っていった。
前回見ていただいた方が出てきたので、一瞬良かったと思った。
言われたことは完璧にして持って来ているので、二度手間にならなくて良いと思ったからだ。
しかし、彼女は申請書、意匠図とまた最初からチェックしだした。
「エ〜!」と思ったが、そのまま指示を待った。すると、一昨日には言われなかった部分の書き込みを2箇所指摘された。
素直に書き込みをしている間に、構造のほうもチェックを・・・。そうしたら、さらに追加の書類が必要とのこと。いったい昨日のチェックは何だったのか???
その場で、構造事務所に連絡。午後になるが届けることが出きると言う事で、今日預かってもらう事が出来た。構造事務所も色々と言いたい事は有るみたいだったが、フットワーク良く動いてくれた。しかし、チェックは一度に全部してもらいたいものだとも感じた・・・先が思いやられる。

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確認申請の門前払い!

2008/01/29 19:36
今日は木造三階建ての確認申請に行った。
延べ面積が20坪弱の建物であるが、A4ファイルで分厚くなった書類が正副で4冊になる。
完璧を期して持って行ったつもりだが、結局門前払いになってしまった。
事務所始まって以来の門前払い!

構造計算書の梁の応力表と検定比表が入っていないので、受け付けられないとの事。
法改正から半年が経つが、今は追加資料の提出で良いはずだ。しかし、何せ、審査が渋滞していて3ヶ月くらいはかかると言われているので、ここは黙って引き下がることにした。

事務所に帰って構造設計事務所に報告をした。
なんて事はない、出力をソフトに指示していなかっただけで、簡単に出せると言う。
それなら、何で!と思って聞いてみると、「以前はいらなかったのですが・・・」との事。

仕方がない、仕切り直しである。
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設計事務所は「黒の舟歌」?

2008/01/25 13:09
先日、得意先の新年会がありました。柏駅の直ぐそばの地元ではちょっと高級でおしゃれなホテルです。
順番にカラオケと言う事になり、カラオケが大の苦手な私は何とかして逃げようとしましたが、そうもいかず、仕方なく唯一うたえる唄「黒の舟歌」をリクエストしました。するとなんと私の4人前のM設計事務所のFさんが「黒の舟歌」を歌い出しました。
私にとっては大パニックです。両隣のK監督さん、M設計さん、カラオケ担当のOさんにあれやこれやの唄を紹介されましたが、無理なものは無理!ここは、ご勘弁願って、もう一曲「黒の舟歌」と言う事で!
でも、不思議ですよね。こんな暗い唄を選曲する人間。それも同業の設計事務所の所長さんが・・・。名刺交換のチャンスは無かったけどFさんとは気が合うのかなとも思いました。多分、同世代でしょうし。そして、ロマンチストなのかも知れないと・・・
後日、得意先のAコーディネーターさんに電話をかけたら、「またこれにこりずに!」と励ましのお言葉。それともう一つ「あれから、みんなで黒の舟歌、歌った。二度も聞いちゃったからね。」ですって・・・
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ブログの再開

2008/01/21 01:46
今日は恵比寿にお住まいのTさんのお宅で設計打合せをして来ました。
午後三時からの打合せでしたが、終わったのは七時近くになっていました。
帰りがけ奥様が「ブログ、再開して良かった!」と言ってくれました。
半年、近くも書いていなかったので本当にびっくりしました!
半年間も立ち寄って頂いていたのだなと思うと、申し訳なく思うと共に、ありがたくも感じました。
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確認申請その後

2008/01/09 11:25
今日、先日出した確認申請の審査報告がFAXされてきた。たった一つの指摘事項だった。受付時に納得できない指摘を受けたが、その事は全然書かれてない。一体どうなってるのだろ?

早速、担当者に電話をかけてみた。「何、言われたのだろう?」「う〜ん、それはいいと言うことにしましょう。」と、寛大なるご判断!
一つの指摘事項も、先方の見落としで訂正無しでOK!明日、以降に渡せるとのこと。
このように、審査機関の内部でも混乱している現状を、国交省はどのように感じているのだろうか。
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確認申請(友人の話)

2008/01/08 13:35
友人から電話があった。彼は民間の建築確認審査をする検査機関の人間だ。
昨日、出しに行った確認申請の受付での話を友人に聞いてみた。

受付で言われたことは次のような事だった。
1、22条指定地域では延焼の恐れのある部分のラインを配置図と平面図記入する。
2、事務所登録のコピーをつける。
3、建物外周の高低さが無くても、建物周長の図面を作成し平均GLの算定式を入れる。

友人の所では、
1、一般的な戸建てなら、ほとんどが延焼の恐れのある部分になってしまうので、仕上げが法的に満足すれば延焼の恐れのある部分のラインは記入しなくても良い。
2、建築士の免許はつけるが、事務所登録のコピーは不要。
3、高低さが無ければ、明らかに平均GL±0となるので計算式は不要

私がいつも出している確認検査機関でも友人の所と同じ見解になるだろう。
友人の話では、国交省のマニュアル通りに指示しているのでは・・・とのこと。

国交省のマニュアルも時事変化するので、我々としてもそれに振り回されている感は否めない。国がある程度、検査機関の裁量に任せれば、不要な指摘がなくなるのではと痛感している。
姉歯問題で、検査機関も悪者にされているが、国交省の指示だからと開き直っていないだろうかとも思ってしまう。








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確認申請

2008/01/07 21:46
今日は正月休みにまとめていた、木造二階建ての確認申請を出しに行った。
いつも出している民間の検査機関ではなくて、簡単な物件だったので、ためしに違う検査機関に提出に行った。

法律が改正(?)になってから、大分なれたので自身を持って望んだが、受付で今まで指摘されていなかった点がいくつか出てきた。あ〜、やめておけば良かったと思ったが、もう遅い。仕方が無い!

受け付けをしてもらい、申請料16000円を支払った。いつもの所は20000円なので、いくらかでも依頼主に負担がかからないようにとの配慮でもあったのだが・・・
後から指摘事項をFAXするという。訂正個所はほとんど無いと思うが、追加の書き込みがありそうだ。新年早々出足が鈍ってしまった。

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母の堕胎

2008/01/05 01:05
今日、弟の家族が来た。久々に父を交えての酒盛りであった。いつも我が家には車で来る弟であるが、今日は電車で来たので酒も進んだ。

ひょんな話から、病気療養中の母の話になった。生前、母はたまに変なことを言い出すことがあった。私には二人の娘がいるが、もう一人子どもがいるというのである。いきなり「ちびは帰って来たか?」とか「ちびは二階にいるのか?」とか言うのである。

その度に私たちは「うちには娘が二人だよ」と、言い聞かせていた。また弟の子どものことを言っているではと思い、話してみるがどうも違うらしい。孫の名前は全員言えるのである。問題の「ちび」の名前だけがどうしても思い出せないと言う。

酒を飲みながら、そんな思いで話になった。弟の嫁さんが、「おじいちゃん、他に子どもがいたんじゃない?」と、父に冗談を言った。そうしたらなんと、父は我々兄弟が全く知らない事を言い出したのだ。それは、弟の下にもう一人生まれる予定の子がいた。しかし、生活苦のために堕した、というのであった。

父は二人も三人も育てるのは同じだから、生んで欲しいと言ったらしい。しかし、母はがんと言う事を聞かなかったようだ。その三番目の子どもへの思いが、「ちびは・・・?」の問いとなったのだろう。やっと今日、母の不思議な言動の意味がわかった気がする。父も母も50年間そのことにふれず、しかしどこか心の片隅に小さな意識としてあり続けていたのだと感じた。
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